東京都のお達しです。我が家の近くの隅田河畔遊歩道。
流石の三寸も、これには諦め苦笑するのみです。この「鳥に餌をあげる」について、敬語の丁寧語として「正用」とする辞書も多いとか。要するに、間違いでもなんでも、新しいトレンドに媚を売るーーそれが辞書として、生き延びる道だと思って、苦しい理屈を考え出したのでしょう。
お恥ずかしながら、私は最初の子を産んだ時、「赤ん坊に乳を“あげる”」と言って、三寸の姉から諄々と諭され、心から納得した上で、“やる”に変えました。
でも、検索したら、珍しくも、正しい説明を見つけました。曰く「飼い犬など、ペットにえさをやることを『餌をあげる』と言う人がいますが、実は『えさをやる』と言うのが正しい表現なんです。というのも“あげる”という言葉は漢字表記で“上げる”と書きます。“上げる”は“やる”の謙譲表現であり、ペットに対してへりくだることばは本来使わないため“えさをやる”が正しい表現です」――正しいけれど、やれやれ、ずいぶん遠慮がちな説明ですね。最も正しいものでさえ、こんなアンバイですから、老いは若きに、上は下にへつらう風潮も、極端まできましたね。憎まれるのを覚悟で、「間違いだ。直せ」と注意する勇気のある人がいなかったのですね。だいたい、三寸の言う通り、亡国間近かかもしれません。
英国帰りの孫と三寸は夕べ熱心に語り合いました。テーマは「近代日本の栄光と悲惨」。三寸の考えでは、“あげる”も「悲惨」の一部。孫の建築論・国語論に耳を傾けて、「そこに気づいたとは偉い!。あんたみたいな人が殖えれば、日本も滅ばずにすむかもしれない」と相好を崩しました。大袈裟なジジ馬鹿みたいですが、三寸は本気でした。
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