会報「日喉連」28号(平成10年)から




















食道発声の黎明の朝に近づく

 喉摘者の発声については、先輩のこころざしを継ぎ、自由に意志の発表が出来る道を求めて長い年月が経っています。この間、行政のご指導と医師の協力をいただきながら、念願の達成を図るべき絶え間ない努力を続けています。しかし、いまだに納得できるものが見あたらないことは、遺憾という他ありません。
 喉摘者の健康状態は、特殊な人をのぞくと、声の問題以外はほとんどの人が良好であります。そして、術後体調が安定してくると、声に対する深刻な悩みが日々の生活に付き纒い、手術前自由に話した声を求め続けるのであります。
 これまで、発声法として各種の方法が発表されていますが、最終的には食道発声法の右に出るものはないと言うことが大方の意見であります。しかしこれとても長・短所があって、完璧ではありません。
 その問題点をあげると、原音が出るまでに長い時間がかかることですが、それまでの期間の訓練に耐えられるか、が問題になります。ちなみに、この問題について銀鈴会のデータから拾うと、平均して5〜6ケ月かかると出ています。ところが、喉摘者の平均年齢は約68歳という高齢のため、健康で、上達の熱意がある人以外には、かなり厳しいといえます。また、原音が出た後、上達するまでの期間を調べると、更に1年以上時間をかけないと、自由に話をすることは無理のようであります。ここで大事なことは、指導員と会員の気持ちがうまくかみ合い、無言のうちに意志の疎通が出来ることが、早い上達に結びつくものであります。食道発声法以外の方法も、特徴があって良いのですが、いずれも長・短所は同様にあります。
 そこで、術後1〜2年経って、健康に自信がつくと、仕事のことが気になってきます。そのとき、声のことを考えると、いまだ自由とはいえないことや、高音の発声に欠けること、あるいは、会話力が十分でないこと等を考えて、社会に出て活動するのは不十分なことに気付きます。
 この様な声に関する致命的な悩みは、多くの人に共通するものであります。これをなんとか克服する方法がないかと考えて久しかったのですが、ようやく平成6年に、食道発声装置の研究開発が、工業技術院(通産省機関)に採り上げられました。その結果、夢にまで見た声の問題が解決する曙光が見えてきたのであります。このあたりの事情について前号に記したので割愛しますが、この研究機関がすでに4ケ年を経過し、残り1ケ年で完成する段階になってきたのであります。
 去る平成10年1月24日、銀鈴会主催の新年発声コンテストが行われた際、この装置の中間発表がありました。テストの前に、開発委員長の広瀬肇先生から「本日は、あくまで中間発表としてお聞きいただくもので、装置として完成したものでない」とのご注意があって、早速テストが始まりました。
 この時、約250名の会員は、耳を澄ませて10余名の女性会員が歌う声に聞き入りました。その結果の評価は、「良かった」という声が多く出たのであります。「良い」という意味は、歌うとき力まずに声が出るので、顔に無理な表情が全くなく、しかも声がよく通るので、滑らかに声が聞こえたこと、あるいはマイクから出る声という違和感が余り感じられなかったこと等でした。また、低音が良く聞こえるので、歌のリズムが自然のままに、気持ちよく耳に入りました。
 歌は2曲で、一つは「幸せなら手を叩こう!」という歌でしたが、このとき思わず手を叩いて合唱し、会場は一段と明るくなりました。
 以上が、私が感じたままの報告ですが、中間発表とはいえ、比較的良い製品が出来た感じを強く受けました。開発に関係しているメーカーの人は、残り1ケ年の期間に 、更に改良工夫をして、最終時点ではよりよい製品を目指したいと言って増した。
 この様な補正装置の開発を控えて、平成8年、平成9年の2ケ年、食道発声を短期化する手段の一つとして、お茶のみ法が原音発声に適しており、入会して即座に且つ容易に声が出ることの実験を、全ブロック研修会で行い理解していただきました。このため指導書が近く発刊されること、そして昨年度までに初心・初級者向けのビデオや指導書が出来ていること等を考え合わせると、食道発声を修得する環境は、かなり、整ってきたといえます。
 そこで、上達のための必須条件である、ご本人のやる気と続ける気持ちを持った会員が多く出ることを期待します。そして、2〜3年のうちに、喉摘者の声を巡る環境が、新しい方向に進展することが予想されるのであります。
 長い冬の時代から目覚めて、春の樹木のように、食道発声の新しい天地は、習熟者が増えて、念願の社会復帰に繋がることを、強く願う次第であります