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予科練誕生之地記念碑よかれんたんじょうのちきねんひ

2013/11/27

光る海 明るい太陽の下 大空をこよなく愛し 国を想うひとすじの 少年たちが溌剌としてここに溢れていた。  昭和5年6月1日 横須賀海軍航空隊内の一隅に 海軍少年航空兵の 教育機関として 横須賀海軍航空隊予科練習部 が誕生し やがて 予科練 と愛称されるようになった。
 志願者の年齢は15歳から17歳 修業年限は3ヶ年 俊秀なる 大空の有志は英才の早期教育に俟つとの観点に立って この制度は創設され 全国5900余名の志願者から厳選された79名が第一期生として ここに 入隊した 土浦 三重 鹿児島など のちには19を数えるに至った予科 連航空隊の萌芽である。  時局の進展につれて 海に臨み山を負うこの地は狭小となって 昭和14年3月 霞ヶ浦湖畔に移り 翌年独立して 土浦海軍航空隊となった  予科練の歴史15年3ヶ月のうち 実に8年9ヵ月は ここ追浜の地で 教育活動が行われたのである。
そこで目指したものは鉄石の訓練をものとも せず 乾いた砂が水を吸いこむようにあらゆるものを純粋に受け入れて 自らを育てていった。  予感連を巣立った若人たちは 飛行練習生教程 実用機練成教育と 研鑚を重ねてたくましい若鷲と育ち 太平洋戦争に於ては 名実共に我が 航空戦力の中核となり 水陸の基地から 航空母艦から 戦艦 巡洋艦 或は潜水艦から飛び立ち 相携えて無敵の空威を発揮したが 戦局利 あらず 敵の我が本土に迫るや特別攻撃隊員となり 名をも命をも惜しまず 一機一艦必殺の体当たりを決行し 何のためらいもなく無限の未来を 秘めた蕾の花の生涯を祖国防衛の為に捧げてくれたのである  顧みれば 少年たちは戦いを求めてこの地に集まったのではなく 制空 護国の一途の念いからであった 予科練誕生以来既に五十一星霜 若人 たちの至純の赤心が 祖国の安寧と世界平和の礎となることを祈念して 旧学び舎の丘の上にこの碑を建つ (碑文から)
京急の追浜駅から徒歩20分 // [地図]



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2013/11/27

2013/11/27:甲飛鎮魂の碑

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