看護士(婦)


喉頭摘出者との「対話」から見えてきたもの
北海道医療大学看護福祉部K・Nさん(「北の鈴」18号から)

 私が北大耳鼻科病棟へ看護婦として勤務を命ぜられたの は約八年前のことです。
あの頃はまた看護婦免許を取得したばかりで、とにかく患者の皆様のニーズを把握し援助を 提供すベく右往左往していたことを思い出します。その後 四年間勤務した中で、喉頭摘出術を受ける方の闘病生活に 付き添う機会も多く、失声というハンディキャップを背負 いながら、退院後の生活へ向けて力強く再出発していく姿 に、私は看護婦としてというよりも、一人の人間として大 きな影響を与えられてきました。
しかし、看護婦として本当にその方々の思いを十分に把握してきたのか、援助の求 めに十分答えてくることが出来たのかと考えますと、まだ まだ気づいていない点がたくさんあるのではないかと考え ていました。

最近ニ年間は学生という立場で、喉頭摘出術を受けた方々ヘの看護援助には何が必要かを考えるために は、まずは患者の皆様の思いや、それらに影響を与えてい るものは何かを把握しなけれぱならないと考えていました。
そこで、喉頭摘出術を受ける方々へ入院から退院までの間、 看護ケアと同時にインタビューをさせていただきました。 これまでの喉頭摘出者の心理に関する調査は、大半がアン ケートなど記入式のもので行なわれてきていますが、私は インタピューという方法が絶対に必要だと思っていました し、不可能ではないと思っていました。

 なぜなら、喉頭摘出を受けた方は、代用発声を獲得する 前であったとしても、声が無いのであって話が出来ないわ けではないと考えているからです。
そのインタビューを通して、北鈴会の方々の活動が患者の皆様に与える影響力の 大きさについても改めて実感いたしました。

 まず手術までのインタピューを通して、患者の方々の思 いには、自覚症状の他に、それまでの病状に関する説明内 容が大きく関係していることが分かりました。
たとえば、「手術しなければ命は保証できない。」、「このままでは 窒息する。」といった説明により、大半の方は「手術を受 けるのは仕方ない。」と諦めざるを得ない状況であると考 えられていました。しかし、そのような中でも自己の力で 「手術へ向き合おう。」と気持ちの切り替えを試みられて いました。この切り替えの部分に北鈴会の方の面談をはじ め、同じ手術を受けた方との出会いが大きな影響を与えて いました。

 私がお話を聞かせていただいた方のうち、手術前の面談 をされた方は、「励みになった。」、「勇気が感じられ た。」「意欲を持てた。」、「気持ちが楽になった。」と 話されていました。外来で、グロウーニンゲンを用いて発 声されている方のピデオを見て手術を決意できたという方 もいらっしやいました。
その結果、医師や看護婦から説明 された内容がより具体的にイメージ化され、機能変化の意 味付けがなされていました。文献の中では、一部の患者は 手術前の情報が「あまりにたくさんあると思う。」とあり ます。このことは、喉頭摘出術は機能変化を多様な面で伴 うことに起因していると考えられます。しかし、伝えるベ きことは伝えなければならず、難しいところです。

 また、手術前の情報量や説明内容に関わらず、「手術後 のことはやってみなけれぱ分からない。」といったお話も あり、これは、手術や手術後の状態という未知の状況に付 きまとうものであると考えられました。そこで、同じ手術 を受けた方のお話を実体験に基づいて聞くことが出来ると いうことは、説得力が全く違いますし、医療者からの情報 の統合を導いていると考えました。  実際に喉頭摘出術を受けた方の体験については、文献で もコミニケーションの問題(騒音の中で他者に声が聞こ えない、感情を表しにくいなど。)、飲み込みの悪さの他 に、咳・痰や鼻汁の排出に関する問題や羞恥心、風邪を引 きやすい、息切れや体力低下を感じる、重い物を持ち上げ ることが出来ない、気管孔を覆うことや水でぬらすことに 対する恐怖などがあり、それ以外にも、ロ笛を吹く、独り 言を、言う・くしゃみ、うがいをする、唾を吐くといった ことが困難になるなど、ありとあらゆる場面で変化が起こ ると述ベられています。

 しかし、入院中の段階では、これらのいくつかに関して のお話はありましたが、騒昔の中での発声に対する困難さ や、重いものを持てないなどの内容についてはありません でした。そして、「手術をしてまだ日数が経っていないの で、自分の身体の変化について良く分からない。」、「元 の声が出るような気がする。」といったお話や、退院後の 生活についても、帰ってみなければ分からない。」といっ たお言葉から、退院後も新しい身体での生活体験を通して イメージは変化していくものもあると考えられました。
発声法獲得後の声の質や気管孔の状態については、手術前の 面談で得られたイメージと比較し、その良し悪しについて 評価することもありました。また、手術後の対象者は入院 中から代用発声の練習をはじめたり、考えたりしている場 面があり、上手に発声するこつをつかめないという思いや、 食道発声に関する疑問も多くありました。
したがって、こ のように不確かさを持ったまま退院していくとも考えられ る喉頭摘出術を受けた患者の皆様にとっては、手術前と同 様に退院後も継続して情報提供に対するニーズが多大にあ るのでほないかと考えられ、授助の必要性を感じましだ。 また、手術後もできる限り早い時期に医療者側から積極的 に指導者の方々へも情報交換を求めていく必要性もあると 考えました。

 このように、喉頭摘出術を受けた方々は、「喉頭という 器官の喪失」に起因する「音声機能の喪失」、「身体的自己 の変化」を経験しており、これは退院後の社会生活におい て、対人関係、社会的・職業的役割、権力の維持といった 面で困難を生じさせる可能性もあると考えられました。入 院中の外出・外泊での体験や、大部屋に移ってからの他の 患者との関わりにおいてコミニケーションが取りにくかっ たという語りもあり、それが「状況を知らない相手とはコ ミニケーションに努力が必要」といった認識につながっ ていました。
仕事についても、文献の中に、ほこりが多い などの労働環境の問題に直面したり、免職や給料の引き下 げに直面したりすることがしばしばあるとあります。私の インタビューの中でも、労働環境について条件があること を認識しつつ「仕事に戻りたい。」と話している方が多数 いらっしゃいましたが、退院後に厳しい試練が待ちうけて いるのかも知れないと考えました。

 しかし、喉頭摘出後に社会復帰されている方は大勢いらっ しゃいますし、その方々の姿は退院を迎える方々の勇気に もつながると考えます。インタビューの中で、「はじめは 人間みたいでなくなったと思っていたが、他にも同じ手術 を受けて生活している人を見ているので、今はそうは思わ ない。」というお話もありました。落ち込みや不安の感情 は、食道発声獲得への動機づけと関連があると言われてお り、手術後の方同士での情報交換を行なうことは、精神的 サポートと発声方法の獲得という二っの側面があり、社会 的役割の回復を促すことが考えられます。

 もちろん、手術後の方々は家族の方々や親しい人々に支 えられ、「絆」というものを手術という経験を通して実感 されていました。しかし一方では、「みんなの支えがあっ て今があるのだが、心細い。」、「心を開いて話せる人が 絶対に必要だと思った。」と語られており、「支えられて いる。」という思いと「分かって欲しい。」という思いが 混在し、自己の能力評価と他者の評価に差異が現れること で、退院後の不安となっている場面もありました。喉頭摘 出術を受けた後、多くの患者が自分を役に立たないと評価 したり、恥の感情や劣等感、再発の恐怖感などに悩まされ るとあります。
私か聞かせていただいたお話し中でも、 「罪の意識」や「手術後の孤独感」についての内容があり ました。今回のインタビューの中では、「同じ手術を受け た人にしか、自分の気持ちは分からない。」、「手術を受 けたものはお互いの気持ちが通じるので支え合える。」と いうお話もあり、私たちにも絶対に分かり得ない部分も大 きいと思います。

 今後は、北鈴会の皆様とも力を合わせながら、発声訓練 のみならず、退院後の生活全体をサポートしていけるよう な組織づくりすすめていくことも大切であると考えます。 そして、私たちは患者の方々との相互理解へ向けて対話に 時闇を持ち、自己に対する評価を尊重または共有できるサ ポート体制の必要性が感じられました。また、家族をはじ めとしたサポーターとなられる人々と、そのサポートの意 味や効果について話し合いながら援助の方向性を考えてい くことが大切であると考えました。

 これまで、喉頭嫡出術に対する否定的なイメージばかり 述ベてしまいましたが、無論、「呼吸が楽になった。」、 「命が助かった。」という手術を受けて得た安堵感が表現 されることもありました。そして、それらに加えて、「前 向きである」・「強い」自分という、自分に対する肯定的 な語りもたくさんありました。これらは、元々の自己を評 価した形で表現されており、個々人の本来の傾向として捉 えることも出来ましたが、手術を乗り越えた自己に対する 評価、として捉えることも出来ると考えられました。この ような肯定的な感情と否定的な感惰が混在しながら揺れ動 いているのであろうと考えられましたが、このプラス面に よって支えられている部分も大きいと思われ、医療者側と しても、手術によって失った部分ばかりではなく、得た部 分についての思いも共有していかなければならないと考え ました。

 以上、おこがましいとは思いましたが、喉頭摘出術を受 けた方々へ看護職である私が「こんなことを考えている。」 ということをお伝えしたい、私が得た学びを是非とも伝え たいと思うあまり、こんなに長々となってしまいました。 今後も少しでも皆様のお役に立てることが出来るよう、微 力ではありますが活動を続けていきたいと思っております。

 最後に、卒業研究をすすめるに当たり、喉頭摘出という 重大な出来事を乗り越える大変な時期に、快くお話をして 下さった患者の皆様、そして、このように皆様と再会でき る機会を提供して下さった北鈴会の方々に、お礼を申し上 げたいと思います。ありがとうございました。今後とも宜 しくお願い致します。

 北鈴会の今後のご発展と皆様のご健康を心よりお析りい たします。