食道発声法の上達(技術的なこと)

食道発声指導上の注意点
(食道発声上達への助言から)

私は食道発声実際に指導しているとき教えられることが非常に多いのですが、それにはそれなりの著意をもって臨んでいないと、せっかくのヒントも逃がしてしまうことになります。

指導者の神経は、相手が千差万別であるだけに細かく注意していないと適切な指導に欠ける結果になるため大切であることがよくわかります。
私はこれまで食道発声上達の助言として書きつづけていますが、果してどれだけ理解されお役に立っているだろうかと考えることがあります。
そこでとくにお伝えしたいと思う数項目について述べ、参考に供したいと思います。

  1. 食道発声の修得は難しいという観念を払拭すること。
    これまで食道発声が敬遠された主な理由は、修得する期問が長いことと、かなりの努力をしないことには上達は覚束ないということでした。
    これに反し器具による場合は、その場で容易に発声出来るので困難な食道発声などやることはない。というのが一般的な考え方でした。
    しかし、そうはいっても食道発声のよい点は肉声に近いこと、感情の表現が出来ること、そして何時・何処でも会話が出来ることです。
    そして食道発声の上達者が身の廻りに増えて現実に喋りまくっているのを見ると、この方法に切り換えたいとの希望者が出るのは当然であります。
    一方、これまで指導法はどうであつたかを考えると、全部とは言わないが残念ながら具体的指導に欠けたり、単に自分の体験と型式的な理くつ言うだけで、自信のある指導が十分でなかったことは否めないものがありました。
    しかし、最近では食道発声の理論的解明と指導者の質的向上によって会員の発声効率と上達度が急速に向上したことは事実であります。
    なお日喉連の幹部一同は発声問題を積極的に解決する必要を認め、昨年10月、東京で催した日喉連定期総会のとき具体的にこの問題と取り組むことを全員一致で決定しブロック会の発足となりました。
    即ち全国を七プロツクに分けて各プロック長の統轄のもとに、まず指導者の研修から始めることにしました。
    この効果については未だ不明ですが、回を重ねるたびに必ずよい結果になることを信じていますこうした動きを背景にして、食道発声を中心とする指導技術は逐次研究されるので、遠からず解消することは間違いありません。

  2. 発声のため空気を食道に入れることと気管呼吸との関連。
    このことは食道発声の修得に大事なことですから、よく理解いただきたいのであります。
    即ち食道発声の原則は食道に空気を入れてそれを逆流させるとき食道合部の気が振動して音が出るわけですが、既に皆さんご存知のとおりであります。
    そして指導者も空気のとり入れ方について自分の体験やら参考書に書いであることを詳細に教えますが、このとき大事な一点を忘れている人が多いのです。
    それは口から空気をとり入れるには気管孔から同時に空気を吸わないと入らないということです。この点の指導が的確を欠くと無駄な努力ばかりして効果は挙がらないことになります。
    それでは、これまでの上達者はこうした指導があったので上手にな一たのかとの質問が出ますが私の知る限りありませんでした。
    結果的にみると上達したことは間違いないのですが、それは本人が気付かないうちに行われていたというのが真実です。
    ですから、これからは気管呼吸と発声の関係を最初に理解させてから指導すると非常に効果が挙がることを知っていただきたいのです。
    ところが発声する際には気管孔から出来るだけ空気を出さないようにすることが発声を容易にしますから、この相反する手法についても頭に入れて指導されたいのであります。

  3. 前吊り布(プロテクター)と発声の関連。
    指導者の熱心な指導振りには何時も頭の下がる思いですが、発声教室で時々面白いことだと不思議に思うことがあります。
    それは指導者はほとんどの人がネクタイを締めているが、会員は入会当初の人ほど喉の前ボタンを開けているのです。
    入会当初の方がこうした状態をすることは私も経験があるだけに気持はよく解ります。
    そして多くの人はプロテクターの意味は気管孔から異物が入るのを防ぐためのみと思っている人が多いようです。
    ところが発声練習を行うと、この気管孔から猛烈な勢で空気がガーゼを押し上げていますが声はさっぱり出ていません。
    この関連を教えないといけません。このようなとき私は気がつくと「片手でガーゼを押えて発声しなさい」と助言してあげると途端に原音が出たり、あるいは高音や明瞭音になったりします。
    時には音質まで変ることがあります。そして、どうですかと質問するとテレクサそうな顔でよくわかりましたと言わんばかりにして苦笑いされるのです。
    そこでこの前吊布について指導者にお願いしたいことは、ガーゼの厚さを10〜12枚くらいに増やすこと、発声練習にはボタンを外さないこと、さらに発声のとき片手でガーゼの上から軽く押さえて発声練習をするように指導されたいのです。
    この結果はよいことに決まっているので、問題はこの意味をよく理解させて発声要領(コツ)を早く覚えさせることです。
    このことは案外放置されているので、これまで述べたことをよく説明、理解することをお願いいたします。

  4. 計画的な発声勉強の指導。
    発声勉強は原音発声の段階から上達するまでのすべてが練習の積み重ねであります。
    この練習の基本精神は運動競技とか謡曲や音楽などすべてに共通したものがあります。
    それは前進上達という目的をもって練習を重ねることが結果的に大きな差になることを知らなければなりません。
    食道発声においても全く同じで計画的に毎日練習をしていると間違いなく効果が挙がります。
    とくに最近の入会者には若年層の人を多く見受けますが、こうした人は職業的に現役組ではないかと思います。
    この種の会員には計画練習の効果を説明して一層頑張るように奨めてあげたいものです。
    計画の立案要領は何時ごろまでにどの程度のレベルに達するかの最終点を決めて、そのためには何カ月目にはどの程度に進むかを逆算して細かく決めますがその期間は一カ年を限度に達成するように立案していただきます。
    注意することは一旦決めた計画は確実に実行することと、指導者はこれを見守り、かっ一緒に協力してあげることが大切です。
    なお、こうした長期にわたる一貫指導をすると指導者の人間性にもよりますが、責任ある真剣な取り組みとなるので自分の実力を試す点からも誠によい経験になります。

  5. お茶呑み法の効用。
    この方法は前述してありますが、私は年が経つに従いこの方法のよい点を見直しているので、あえて再度採り上げた次第です。
    お茶呑み法のよい点は難しい理くつは言わないで、このようにしてやると必ず声が出ますよといって発声の説明を図で示し、ついで実演をしながら一緒にやると間違いなく第一回で成功します。
    この確率は体験では80〜90%です。発声指導で大切なことの一つは力まずに極く平易に声を引出すことです。
    私はこの方法を行って経験することは原音が出たとき間髪を入れずに「その声があなたの第二の声ですよ」と言ってあげると、本人は目をパチクリさせていま出た音が自分の声がしらというようなゲゲンな顔をしていることです。
    これは全く無理をしないで容易に声が出たので、本人は全く気付いていないのが本当ではないかと思います。
    つづいて、いま一度声を出してみましょうと言って繰り返しつづけているとようやく本物であることに気がつきます。
    これがお茶呑み法による原音発声時の実状です。 この方法のよい点は、前述したように力まないで極く自然に声が出ることと、食道発声に最も大切な吸引法につながるという利点があることを篤と理解していただきたいのであります。

  6. 結び
    以上五項目について述べましたが、内容的にはこれまでに書いたことと重複している点があったかもしれないが重要なことなので、あえて記しました。

(昭・62/8/30)