FV会
FV会

安心できる一つの場です。
 


 同じ病院で喉頭摘出の手術した人達の集まりである。毎週金曜日の10時から10時30分間、5階で婦長さんを交えての発声の稽古とか、健康相談、情報交換等実施している。
 FV(Friday voice)と名付けられている。参加者は約10名前後である。会員は20名ぐらいである。
 お互いに顔を見るということだけで安心感がある。また、生活をしていく上においてのいろいろな疑問点などを教えていただきとても感謝している。このようなアフターケアが充実している病院は全国でも数少ないのではないかと思う。



<00年11月24日> 8月ごろに入院して最近、ここに顔を出すようになった。 78歳ぐらいの人で小さい、低い声だと聞こえずらいみたいである。
言語聴覚士さんの指導で発声練習をやっているみたいである。
<00年10月27日> [00/10/13]もリハビリを行う。相も変わらず喉摘者は私1人である。
<00年01月14日>  私が2人で朗読しテープを取りそれをその場で言語療法士さんが聴き、的確なアドバイスをする。所要時間は20分間だが充実した。これが終わるとすぐ横浜の発声教室に行く。
<99年12月17日>  誰も来なかった。
<99年12月10日>  誰も来なかった。
<99年12月03日>  Nさんと私で朗読、言語療法士さんが指摘する。所要時間15分
<99年11月26日>  Nさんと私で朗読、言語療法士さんが指摘する。所要時間15分
<99年11月19日>  Nさんと私で朗読、言語療法士さんが指摘する。所要時間15分
 神奈川銀鈴会の副会長さんがきた。
<99年07月13日>3年ぶりの手術  喉頭全摘出する手術が本日行われる。この病院では3年ぶりである。
今後、この病院では全摘手術をやらないと思っていた矢先であった。(お医者さんが60歳を越えていたためそう思った)
なんだかうれしい感じがする。どうしてだろう。
<98年10月02日>ついに一人になった  ついに一人になった。みなさんはお年寄りでまたは術後10年たった人がほとんででついにこなくなってしまった。
婦長さんから言語療法士さんに変わったことも原因もある。食道発声という発声練習よりも体の心配の相談がなくなってしまったからである。
<98年04月24日>言語療法士がきた  今後、この病院で手術をしたFV会員にいろいろを助言をしてくれるということで言語療法士が嘱託として勤めることになったらしい。
担当医の熱心な働きかけによると思うのだが大変ありがたいことである。これからが楽しみである。
<98年02月18日>細々と活動 FVにいつも出席している人は私を含め3人である。
日によって1〜2人ぐらいの増減がある。細々とやっている。互いに顔を見ることによって安堵感がある。そこでは自由に話をして身体の変化等についての情報交換の場でもある。
どんなに少なくなってもつぶすわけには行かない。新しく入ってくる人のために。私自身がどんなにこのfv会があって助かったか計り知れないからだ。
<97年12月20日>FVの歴史  昨日、FV会の過去の記録紙が見つかったのでそれにもとずいてこの会の過去に活動内容を知り、今後の参考にしたいと思っています。
 そのノートは「ふれあい」という題名です。この当時は「FV会」ではなく「ふれあいの会」といってみたいである。
 表紙に、次の言葉が薄くかすかに読みとれる程度に書いてありました。
  かなしみに出逢うたび
  あの人を思い出す
  こんな時、そばにいて
  肩を抱いて欲しいと
  なぐさめも涙もいらないさ
  ぬくもりが欲しいだけ
  人はみなひとりでは
  生きていけないものだから



 昭和61年4月11(金)〜昭和62年4月9日(金)の間の金曜日に活動があり、その活動内容が記述されていた。発声訓練(基本発声及び朗読)と日常生活仁おける情報交換、看護婦さんからの健康に対する助言、参加者は3名であり、一人はタピアの笛を使用、残り2人は食道発声の始めたばかりの人である。
 3人の喉摘者が週に一度あって、そこで励まし合い、練習をしていた様子が細かく記述されていた。何しろ指導者がいないため試行錯誤的な練習をしていたみたいである。看護婦さんが朗読の教材を作って何とかして喉摘者に言葉をという思いが伝わってくる。その一部を紹介。
 61-4-18
A:「ナースは聴いてくれるが、身内は会話が出来ないものだと思って、聴いてくれない。しゃべるのはここだけだ。」
ナース:「交友の場を広げたいとおもいませんか」
A:「思いません、話したくありません」
 B,C氏は相づちを打って聴いている。...
 62-6-22
 先週の録音の続きを行う。
雑談:A氏はタピアの笛で唄っている。いつもと変わらぬ様子である。B氏はCの話を聴こうとしているがあいかわらず口をパクパクとしている。異様な世界を感じた。